かつて、若い世代の政治参加を高めるために、投票しないと一人当たり○○万円損をするという表現が使われてきました。これは経済学者・吉田浩の試算によるもので、これに対して、政治学者・飯田健により、詳細に批判されているようです。
飯田健(2013)「東北大学プレスリリースについての疑問と再分析」
http://txpolisci.sakura.ne.jp/replication.pdf
それはともかく、政治参加教育の世界は別として、政治学や社会学の世界においては、社会経済的な地位が、政治参加の格差を生み出している、そして、ひょっとしたらそのことが社会問題をより悪化させているのではないかということが、ほぼ常識のように語られてきました。
学歴・所得による政治参加格差
2015年に実施された全国的な大規模社会調査SSM2015のデータもとに分析した吉川徹によるならば、政治的理解・政治的関心の両方において、若年大卒と非大卒では大きく差があると言います。大卒では、7割超が「よく投票している」と答えているのに対し、非大卒では、半数も満たしませんでした。
▼選挙投票参加をしている割合

吉川徹(2021)「政治から切り離される若年非大卒層」生活経済政策研究所『生活経済政策』 (288) pp.7-pp.11
https://cir.nii.ac.jp/crid/1521417755980889216
同様な結果は、別の研究者も指摘しています。桑名祐樹は、早稲田大学の田辺俊介ら「国際化と市民の政治参加に関する世論調査」研究プロジェクトチームの2009年・2017年のデータをもとに、「非大卒・低所得・相対的に低い職業的地位に置かれている場合に投票棄権しやすい」と結論づけています。
拡大する政治参加格差
この傾向は、年々強まっています。境家によるならば、1980年代においては、農村部などにおける動員によって教育水準による政治参加格差はなかったが、90年代半ば以降、都市・大卒の政治参加が活発になっていく一方で、動員構造の解体から、地方・非大卒の政治参加は後退していったということです。
▼教育程度と投票率のグラフ

経済力・知識・技能、場合によっては人脈を持つ社会経済的地位の高い人ほど、政治参加において有利であり、組織的動員なしには政治参加格差が拡大していくというのは世界共通と言えるかもしれません(このことも境家『政治参加論』に書かれています)。
多くのリスクと不満を抱えた弱者たち
それでは、政治に参加しない社会経済的地位の低い人々は、不満を抱えていないのでしょうか。橋本は、非正規雇用の労働者や失業者が、身体や精神の健康の不安を抱え、主観的な幸福感に乏しく、将来への不安を抱いていることを明らかにしています。不安や不満はあるが、政治的有効感が低く、政治参加に繋げられない様子がうかがえます。政治的有効感については、建設・製造・販売などに従事する正規雇用のブルーカラー(橋本は「正規労働者階級」と表現)も同様に低いことが明らかになっています。
▼橋本による調査結果
2015年SSM調査
・必要な食料品が買えなかった
資本家階層(経営者) 5.3%、新中間階層(ホワイトカラー) 5.1%、正規労働者階級 7.8%、 アンダークラス(非正規労働者) 11.8%
2022年三大都市圏調査(インターネット調査、回答者4万3820人)
・健康状態が良くない
資本家階層(経営者) 11.8%、新中間階層(ホワイトカラー) 13.2%、正規労働者階級 13.6%、 アンダークラス(非正規労働者) 23.4%、 失業者・無業者 45.7%
・自分のような普通な市民には政治のことを左右する力はない
資本家階層(経営者) 18.4%、新中間階層(ホワイトカラー) 19.9%、正規労働者階級 24.6%、 アンダークラス(非正規労働者) 32.3%、 失業者・無業者 31.6%
消極的な現体制の追認
小林は、スマートニュースメディア価値観全国調査をもとに、世代が若いほど、教育水準が低いほど、主観的な階層が低いほど、そして男性よりも女性が、政治的関与を忌避する傾向があることを明らかにしました。「政治的なことにはできるだけ関わりたくない」といった設問について、弱者であるほど好意的に回答していたということになります。
この政治非関与層は、明確な政治的な思想を持たず、政治知識も乏しく、あらゆるニュースとの接触を積極的に絶っている一方で、内閣の業績評価(調査時は岸田内閣)が高く、将来的な政治への不満が少ないようです。
政治非関与層は、自助努力によって私生活を豊かにしていこう、生活の問題を個人の努力で解決していこうという志向が見られるようです。そして、私的な消費生活を充実させることを重視し、もし政治参加することがあるならば、私生活に資するかが判断基準になっているとされます。
自助努力と私生活の充実を志向するが故に、権威主義を受容する可能性があるのではないか、と小林は指摘します。「治安を守るためにプライバシーや個人の権利が制約されるのは当然だ」という設問に対し、これらの人々は賛成する傾向を示した。治安は、私生活の安心・安全に直結するものだからである。ならばこれらの人々は保守主義と同じ立場なのか、というとそうでもないようです。「道徳教育を充実すべきだ」という問いの賛否とは、関連が示されなかったそうです。
小林哲郎(2024)「私生活志向は何をもたらすのか」池田謙一、前田幸男、山脇岳志編『日本の分断はどこにあるのか』勁草書房 pp.143-pp.172
長期的な治安向上にもかかわらず、過去最悪レベルに体感治安が悪化する中で、政治と関わり合いを持ってこなかった人々が、「治安」を理由に政治参加する姿を想像することも難くはありません。
体感治安について
教育に何ができるのか
生活の中の困難を社会構造による問題、もしくは、政治的な問題としてとらえなおす取り組みをしている高校があります。大阪府立西成高校では、「反貧困教育」という生徒達自身が置かれた境遇を見つめ、差別と貧困に立ち向かっていく教育カリキュラムがあります。西成高校のある大阪市西成区は、経済的に貧しい人々が多く住む地域であり、日本一投票率の低い場所でもあります。西成高校はステップスクール(多様な実践教育校)として、障害を持つ生徒や海外にルーツのある生徒、不登校児など、様々な生徒を受け入れてきました。
貧困と差別の問題について自分たちで考え、それが当事者の自己責任の問題ではなく社会の構造の問題であると気づく学び。この学校の生徒にはヤングケアラーなどの当事者も少なくなく、生徒達のエンパワメントにもつながっていきます。シングルマザーについての授業では、各政党にアンケートを送りどのような反応が返ってくるのか比較するという内容もありました。
政治参加弱者をエンパワメントしていくこういった取り組みこそ、政治参加教育・シティズンシップ教育としてもっと注目されていいのではないでしょうか。


